77.外説・理想の世界(4)

「メイとクリル……それにモンモ? 異様な取り合わせだな」

 無機質な平面構造であるアメジスト拘置所の前で、クリルたちが町長とはち合わせるや、町長のほうは、そう言って不思議がった。

 それはまさに、水と油が反発もせずに共生するのを見るような視線だった。

「町長、あなたもリッカに会いに?」

 クリルが話す。

「ああ……なぜだかエノハ様がお怪我あそばしたことが、市中に漏れているようだからな。リッカが暴露の犯人ではないかと疑っているわけだ」

「……あの子、嫌われてるの?」

 モンモがおずおずと町長に切り出した。

「嫌いではないよ。有能だと思っていないから辞職してほしいだけだ。

 はじめに言っておくが、俺はお前たちのように、リッカの友人じゃあない。そもそも俺は反対したのだ。リッカは自警団長などに相応ふさわしくない」

「ここに来てリッカの人事に文句を言ってもしょうがないでしょ。あなたのことだし、他に何か理由があってここに来たんでしょ?」

 クリルが勘ぐりながら、続ける。

「あの子が犯人の証拠がなかったか……もしくは、あったのか。どっちかでしょ?」

「ちょっと、クリル……」

 モンモが慌てた様子でいさめるが、クリルの鋭い視線は、町長に向かったままだった。

「そうだ」

 町長は面倒くさそうに頭をもみながら、肯定した。

「彼女を犯人とする裏付けの証拠はあまりにもそろっている……揃いすぎているのだ。気持ち悪いほどにな」

「証拠があるって? 何か知ってるの?」

 モンモが質問をさした。

「目撃情報が出ているのだ。それも何人からも、同じものが。リッカがエノハ様のそばに忍び寄って、建物にしかけたテルミットを爆発させたそうなのだ。自警団のトップが不祥事とあれば、町長の俺があいつを尋問する義務がある」

「本当にリッカなの? あの子、そんな大胆なことができる子じゃないはずなのに」

「私も……そう思います。リッカさん、どっちかというと、不器用なほうですし……」

 クリルの意見に、メイが同意を添える。

「背中に大きな弓を抱えた、背の高い人物が、現場から走り去ったそうだ。武器の携帯など、自警団員以外にありえんし、リッカに違いないだろう」

「そんな……あの子が」

 モンモが絶句した。

 モンモは少なくとも、信じている。

 リッカは人の頭上に爆弾を仕掛けるような、そんな人間ではない、と。

 いつも温泉に行くときに、モンモはリッカに声をかけるのだが、リッカのほうは人前で裸になるのがイヤだと言って、毎度断るのだ。

 敬語も苦手、マナーも不得手、お世辞も使えない。

 その純粋さと素朴そぼくさだけで、リッカは人と渡り合ってきたのだ。

「ただ」

 その語を、町長は強いトーンで付け足してから、ふたたび淡々とした調子で話し出した。

「エノハ様が襲われたのは、エメラルド・ペリドット通り。だが、アクアマリン通りでもリッカの目撃情報があった。同じ時間にな」

「? リッカが何百メートルも離れていたことがわかっているのに、エノハのそばから逃げさるリッカを見たってこと?」

 クリルが首をかしげた。

「変なの。そのときリッカは二人いたってことじゃない」

「そうだ。エノハ様と別れるリッカを目撃し、ひたすら家路につく姿を見たものも何人かいた。だが、その後、エノハ様にお怪我を負わせた人物もリッカだという証言が出ているのだ」

「何それ……誰かがリッカのフリをして、エノハの頭上に爆弾を仕掛けたってことになるよ、それだと。あの子をなおさら解放するべきよ。あなたの町長権限なら、釈放もできるんじゃないの」

「そうもいかん。リッカを拘置所にとどめておくことで、真の犯人に、これ以上の策を使わせない、という意味もあるのだよ。

 どうせリッカをのさばらせていても、彼女は何も仕事はできんからな、それぐらいは役に立ってもらわなくては。

 リッカを犯人にしたいのなら、次のステップにも、リッカが世間の空気を吸えている場所にいなければならない。俺はその間に、真犯人を探す気だ」

「そんなにうまくいくかな……」

 クリルが顎に手を添えつつ、水を差した。

「どういうことだ」

「真犯人は、リッカが牢にいてもいなくても、次の策で、何か大きなことができる、と踏んでるんじゃないかな」

「大きな策を……? その人は、何を考えてるってのよ」

 モンモが不快げに質問をした。

 クリルのことは嫌いでも、その頭脳のことまでモンモは否定していないのである。

 モンモはけっして知恵を回すタイプではないが、代わりに人の評価を、感情論で決めたりはしない。

 そこはクリルもメイも、尊敬しているところだった。

「狙いは、たんなるエノハへの嫌がらせじゃないはず。奴が、もしくは奴らが狙うのは――セントデルタの転覆」

 クリルはぼそりと、腹にためこんでいた結論をつぶやいた。

「なんだって? そんなことをすれば、そいつは……」

 町長が絶句する。

「どうして、そう言えるんですか? クリルさん」

 メイが町長のかわりに理由を問うた。

「エノハの暗殺未遂犯なんて、裁きとなれば聖絶以外にあり得ない。エノハが修理からもどれば、そいつは聖絶されることになる。

 でも、そいつは自分が死ぬ前に、聖絶を科する相手、つまりエノハを殺せる自信があるってことよ。それもおそらく、エノハが半壊してる今しか、できないってこと。本当はその爆弾で、完全にエノハを殺したかったんだろうけど、思いのほか頑丈だったから、いまからエノハのトドメを刺すべく、時間稼ぎのためにリッカに罪を着せたのよ。連中はそれができる準備も整えていたってことだね。そうすると警察機構がマヒするからね。

 あたしは自警団長リッカを、何としても解放したほうがいいと思う」

「……」

 メイも、モンモも、町長も押し黙った。

「とにかく中に入ろうよ。真犯人の次の動きは、きっと早いはずだよ」

 クリルは3人のためらいを押しのけるように、先んじて観音開きの扉を開けた。

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