79.外説・理想の世界(6)

 セントデルタの外には今も、放射線が縦に横に前後に飛び交っている。

 70基の原子力発電所は、水爆の男フォーハードの水爆津波により、海の底に沈んだのだが、そこからの放射性物質が、今も世界を汚染し続けているためだ。

 半減期30年のセシウムなどは、水爆の日より500年目のセントデルタでは息をひそめてはいるが、まだまだそうでない放射性物質もある。

 半減期の長いウランやプルトニウムなどである。

 これらは、ほんらいは海水面の気化などによって、雲になり雨になって地上にふりかかる性質のものではない。これらはたとえ海のすべてが蒸発しようとも、海に残るままなのだが、それでもなお、ウランやプルトニウムは陸地へ移動することが確認されている。

 それを運ぶものは、どうもいくつかあるらしい。

 完全に解明されてはいないが、明らかな運び手がひとつある。

 生物である。

 魚がプルトニウムを食べ、それを鳥が食べ、それが糞をし、あるいは他生物に食べられることで、地上に舞い戻り、さいごには大地や人間を汚染するのである。

 生物濃縮という用語で言われるこの現象だが、このおかげで、放射能は『飛び地』現象を起こすことがわかっている。

 イングランドなどでは実際にチェルノブイリの事故後、放射線調査をしたさいには、そのエネルギーを検出したそうである。

 イングランドとチェルノブイリは、おおよそ2000キロで隔てられている。

 それと同じような影響は、旧代が終わって500年ほどのセントデルタでも、起こり続けているのである。

 あたかも、大地が執拗しつように、人間たちにこの責任を取らせようとするかのように。

 そういうわけで、セントデルタ外に出て仕事をする職業は、限られている。

 たとえば宝石掘削人。

 セントデルタの建築には欠かせない、これらの資材を集める人々は、しばしば放射線の飛び交う大地へ仕事へ出かけていくのである。

「放射能汚染された宝石の表面をこそぎ落とし、帰ろうとしたところで、たまたま、俺は見つけたのさ」

 屋敷の客間に15人の仲間たちを通していた宝石掘削人ロゴーデンは、あごひげを触りながら告げた。

 このロゴーデンに眺められている聴衆15人は、先ほどまで大仕事をしていた。

 『リッカがエノハ暗殺犯だ』と言いふらす仕事である。

 エノハが重症だという信憑しんぴょう性をもたせるため、彼らには、宝石掘削仕事のあいまに見つけたアジンの腕や足を渡していた。

 彼らはこれを人々に見せびらかしながら、これこそエノハの人工皮膚の下の腕だ、とエノハの危機を唱えたのである。

 そのうちの一人に、華奢きゃしゃな男がいたから、ロゴーデンはわざと目撃者の遠目にリッカの格好をさせた男の逃げる姿を見せることで、リッカが犯人なのではないかと誤解させるための撹乱工作もしていた。

 なぜ、そんなことをするのか。

 ロゴーデンは明確な野心を持ってセントデルタの転覆をやろうとしているのである。

 ――神に成り代わる。

 それが、ロゴーデンの目論見もくろみだった。

 ただし、彼に協力する人物に、彼ほど熱心にそれを果たそうという人間はいない。

 にもかかわらず、彼らがそこにいるのは、ロゴーデンの友人だからとか、ロゴーデンの作りたいものを見てみたいとか、ともかく『親友ロゴーデンのために』そういった漠然とした感情で動いているのだ。

 彼らはお互いを親友と名付けあっているが、実のところ、毎日酒を飲み、毎日仕事の愚痴ぐちを聞きあい、賭けポーカーで一喜一憂することで、親交を深めた気になっている程度の仲である。

 いわゆる悪友とか腐れ縁という位置付けなのだが、狭い交友しかしないセントデルタの一部の人々は、この仲を親友と呼ぶか、そうでないか比較するものがないのだ。

 親友かどうか決まるのは、相手が困った時にどういう動きができるか、という時だけである。

 そもそも彼らのほとんどは、別にエノハの統治に不満などは抱いていない。

 無責任、無頓着とんちゃくな理由ではあるが、彼らはとくに不満もないまま、エノハを殺し、セントデルタを乱そうとしているわけである(とはいえ彼らはエノハ死後の世界のことを、まじめにも、ましてや具体的にも考えているわけでもない)。

 それは皮肉にも、セントデルタが平和すぎるために起こる弊害なのかもしれない。

「見つけたって……何をだよ、ロゴーデン」

 『一流の人物』ロゴーデンの言葉を、ソファに足を組んで掛けていた別の男が、興味津々につかまえてきた。

「ラストマンさ。見つけたのは、本当に偶然だった」

「ラストマン……やばい奴じゃないか」

 仲間の男が、その名前に鼻白んだ。

 たった一機で中隊と渡り合ったとか、戦車を殴るだけで破壊したとか、色々とその噂には畏怖いふがからむ、水爆の男フォーハードの、最後の殺人マシン。

「ここにあるのか? ロゴーデン」

 別の男がたずねるが、すでに答えを知っているかのように、男の視線は、ロゴーデンの背後にある、白い大きな布切れに覆われたテーブルを見つめていた。

 その布は、まさに誰かが寝そべっているような、人型の膨らみを盛らせていた。

「もちろんさ、エノハ様に俺たちが成り替わるには、これの力が必須だよ」

 ロゴーデンは自信ありげに、それから布切れをむしり取った。

 そこには、いびつにヒビ割れ、荒縄で身体中をがんじがらめにされた『金属の』人形が横たわっていた。

 セントデルタにはないはずの『金属』でできている人形。

 顔は古代のロボットアニメーションに出てきそうな、精悍せいかん細面ほそおもてだったが、とがった眼のほかに、頭と頬に、三つ葉のクローバーのような位置取りで、大きなカメラを備えていた。

 その人形を目の当たりにしたことで、眠そうにしていた男たちの疲れた表情が、一気に張り詰めていった。

「本当に……ラストマンじゃないか。どうやって手に入れたんだ」

「俺は宝石掘削人だからな。セントデルタの街を出て、地面の宝石を掘り返してる時に、横の斜面が土砂崩れを起こしたのさ。

 その中から出てきたんだよ。12、3体はいたな。おそらく100年前のエノハ様とラストマンの戦いで、埋められたものだろう」

「なら壊れてるんじゃないのか、これ」

「ラストマンは身体のほとんどがカートリッジ式なのは知っているだろう? 12体もあれば、無傷に近いパーツを集めることはできるのさ。しかも幸い、常温核融合炉も生きているものもあった」

「なら、いつ起き上がっても、不思議じゃないな」

「まだ起動はしたことはない。スイッチを切ってあるからな」

 ロゴーデンは横たわるラストマンの胸部からせりでたハッチの中を指差した。

 そこでは堅そうなレバー状の金属が、ロゴーデンに折りたたまれるのを待つように、小さくそびえていた。

「おい待てよ、それを入れたら、俺たちがまず死んじまうだろ。全身を縛ってあるみたいだが、それだけじゃ足りないぜ、そいつの場合。

 それにラストマンを代表する兵装と言えばNBC兵器だ。そいつの腹には生物兵器や化学兵器があるんだろ?」

「大丈夫だ、それはすでに使ったあとらしく、もう腹の中には何もなかった。

 それにこうして身体も縛ってあるのは、動けないラストマンを説得する時間を得るためじゃあない」

 ロゴーデンの言葉を補足しておくが、殺人機械ラストマンとはコミュニケーションが可能である。

 ただし、ラストマンがコミュニケーションを図るときとは、上官(今となってはフォーハードただ一人)の命令を事細かにたずねるときか、相手を脅して仲間の隠れ家を聞き出すときぐらいである。

「こいつをエノハ様の塔にこのまま運び、そこで遠くから縄を焼き切る。そうしたら、こいつが勝手に塔を登って、エノハ様を片付けてくれるって寸法さ」

「そりゃあいい」

「なら次の議題だな……エノハ様が闇に還御かんぎょあそばしたあとのことだ。俺はまず、エノハ様がお使いになったといわれる、人間の命を永遠に大地につなぎとめる装置を使う。エターナルゲノムプロセッサだったか……ともかく、俺たちで永遠を生きて、ここの連中を一生こきつかってやるのさ。

 たかだか20年で、この世とオサラバなんて、アホらしいぜ」

「なあロゴーデン」

「いいねえ、なら俺は補佐役にしてくれよ。愚民どもに話すのは得意だからさ」

「肩書きはかっこいいのがいいな」

 男たちに活気がもどる。

「おいロゴーデン」

「ゴドラハンとかいう享楽の男のようにやりたいもんだな。一生、女をはべらせるとか、楽しそうだ」

「それもいいな」

「ロゴーデン!」

「何だよ、さっきから」

 ロゴーデンは、耳穴を小指でほじりながら、面倒くさげに、先ほどから自分の名前をしつこく呼ばわる男をどやしつけた。

「……ラストマンが……立ってる……!」

 男が恐怖におののきながら、ロゴーデンのうしろを指さすところには――ラストマンがまるで吊り下げられた死体のような姿勢で立ち、5つのカメラに紫色の灯火を輝かせ、この平和ボケした集会を見下ろしていた……。

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