80.外説・理想の世界(7)

 ――何が、あたしを拘置所こうちしょから出しなさい、だよ。バカじゃないの。

 ――今すぐ町長やクリルに泣きを入れて、拘置所に返してもらうんよ、リッカ。

 ――あんたの仕事はこんな血生臭いもんじゃぁない。あんたは心も体も看護師だよ。

 ――今すぐ、引き返すんよ。

「クリルの言葉を信じるとしたら、やっぱり敵の狙いはアレキサンドライトの塔だね」

 リッカはエメラルド・ペリドット通りの裏路地を『看護師のように』早足で進みながら、横並びのクリルに改めて確認をとった。

 裏路地を選んで進むのは、暴徒たちから隠れるためだ。

「たぶんね。違っていたら、それはそれで対処しやすくなるから、大丈夫」

 クリルは道をまっすぐ見据えたまま、やや早口で答えた。

「あんたが言うんなら、信じるよ」

 そう言ってリッカは、エメラルドの槍を握りしめながら、最後尾さいこうびにつくモンモに振り返った。

「モンモ……あんたも来るの? メイや町長と帰ると思ってたのに」

「ん?」

 リッカの問いに、モンモはむしろその質問こそ意外だとばかりに、眉をあげた。

 メイと町長は拘置所の前で別れていた。

 町長は、リッカたちが収拾しゅうしゅうを失敗した時のフォローをするために。

 メイはリッカ達に付いて行きたがったが、クリルに追い返されたのである。

 メイはたしかにファノンよりは強いが、それでも、この戦いには不安要素が強すぎた。

 それでもメイは食い下がろうとしたのだが、けっきょく、クリルの「あたしたちより、ファノンやゴンゲンを助けてあげて」というのが殺し文句となって、メイを巻き込まなくて済むことに成功したのである。

「泣き虫リッカがどこまで強くなったか、見届けてあげようってワケよ」

 軽口をたたくモンモは、ルビーの中剣を腰にさげて武装していた。

 モンモは傍目にはオットリ美人にしか見えないが、実のところ、剣の腕前だけならリッカより覚えがある(槍や弓はリッカに遠く及ばないが)。

 モンモがそれほどの使い手なのは……クリルを泣かすために、頑張ったからだ。

 だからこそクリルとリッカは、モンモの同伴どうはんに、さして異議をぶつけないのである。

「じゃあ、行くよ」

 リッカは改めて二人に告げ、そびえる神の塔へ向けて、強い歩調で歩き出した。

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