86.外説・理想の世界(13)

 ラストマンのカメラアイを防護する強化フィルターは、ライフル弾でも貫通不可能。

 しかしそれは、製作して30年以内までの話だ。

 400年のあいだ、風雪のもとを徘徊はいかいした上、さらに100年を土の中ですごしたラストマンの五体は、ほとんどがバクテリアや自然発生したコケ類、そして酸化反応などによって、朽ちていたのである。

 そんな機能不全のラストマンで、9000人の虐殺ができるのか。

 もちろん、不可能である。

 それを、フォーハードがわからないはずがない。

 本当にセントデルタの人口を絞りたかったのなら、ユーラシア大陸やアメリカ大陸で今も稼働する軍事工場(アジンやラストマンは、自分で工場を築き、自分で鉄を採掘し、そして自分で仲間を組み立てることができる)で、新品のラストマンを調達するほうが、はるかに確実だったはずだ。

 それなのに、フォーハードは同じ労力で、アジンのほうを呼び寄せた。

 つまりフォーハードは、本気でセントデルタの人々を10分の1まで減らす気がなかった、ということである。

 おもえば、100年前の作戦は、たしかに失敗ではあったが、人口の減少は果たしていたから、いまその作戦を蒸し返さなくても問題はないはずだ。

 現在のセントデルタも、100年前の人口水準に戻ってはいないのだから、急いで人間の殺戮をおこなう必要もないのだ。

 ――いったい、なぜ、マスターはこのようなことを……。

 ――セントデルタを襲った、という事実こそが欲しかった……?

 ――だがもはや、これほどズタズタに引き裂かれた回路でそんなことを考えても、仕方のないこと。

 ――自分の機能は、あと45秒以内にロストし、マスターの真意を聴くことは不可能になるのだから。

 ――エッカート少尉。わたしは、兵士として優秀ではなかったと、自己評価しています。

 ――人を殺害することを、最後まで悪いことだと感じていたからです。

 ――マスター・フォーハードは、わたしにも魂がある、と言っていました。

 ――ならば、この電源を入れ続けることができなくなれば、わたしは魂だけの存在となるのでしょうか。

 ――機械に哲学は無用。

 ――もしわたしが魂となるのであれば、先に魂として漂っているはずのあなたと、そのあたりを……議論したいものです……。

 そこまで思考していたところで、ラストマンの『意識』は、みるみる明度を落とし、やがて、完全な闇へと落ちていった――

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