91.夕方の四人

「メイ、結婚してくれ」

 翌日の夕方、喫茶店『ギフケン』にて。

 モエクはとくに感情のこもっていない声色で、向かいのメイに告白した。

「……すっかり挨拶あいさつ代わりになったな、それ。今回はどんな心境で、そんな言葉を吐いたんだ?」

 火の灯ったルビーの燭台しょくだいごしに、メイもまたモエクに負けず劣らずの、感情の起伏を感じさせない返事をなげた。

「3日前に、ヨイテッツが死んだのをの当たりにすれば、こんな気持ちにもなるよ」

「まともな知り合いが私しかいないから、こんなヘタクソなアプローチをしてるってわけじゃないよな……?」

「僕の人脈の乏しさは、おそらくセントデルタで一番だろうな。人と会わずに勉学ばかりやっていたツケがきたよ。この世とは結局、何かを手に入れれば、何かを捨てなくちゃならないんだ。僕の場合は、知識のために人脈を捨てたってところかな」

「ようは知識を選んで、コミュ力を捨てたってことだろう? あんたのモテないオーラ、半端じゃないぞ」

「その言葉は……お前さんのオンナゴコロが導き出したのかい?」

「知らねぇよ、その天才的な頭とやらで考えろ」

 メイが憤慨まじりに言ったところで、喫茶店の入り口ドアの、オパールの呼び鈴がコロンコロンと音をたてた。

 クリルと、モンモだった。

 ただし二人の顔は赤らんでおり、その目もうつろだった。

 二人は、酒に酔っていたのである。

「クリルさん……それにモンモさんまで」

 メイは両者の登場に眉を上げた。

 2人の普段の会話だけを知っている人間ならば、この2人の仲は最悪なのだと勘違いするだろう。

 だが少しくクリルとモンモを知れば、しょっちゅうこの2人が一緒にいるのに気づくはずだ。

 ――けっきょく、本当は仲がいいんだろうな、この2人。

「んっふ~、ゴンゲン親方と酒盛りしてたとこお。あいつ、あんなに筋肉デヴなのに、あたしたチより酒に弱いんでやんのぉ」

「やんのぉ~~」

 クリルのろれつの回らない説明に、モンモが言葉を合わせたところで、2人は大声で笑いだした。

「それでねソレでね? ゴンヘンが家に帰って寝ちゃったから、あたしたちは飲みなおそっっってんで、ここに来たらぁ~~」

 モンモは入り口でヤケクソ気味に話しながら、メイたちの丸テーブルにあいた、二つの席に千鳥ちどり足で近づき、乱暴に腰かけた。

「あんたたちがナンカ、むっつかしそうな顔で液体窒素を飲んでんじゃん」

「おばちゃーん! あたしにウォッカ!」

「私はぁ……かぼすリキュールねーー! ソーダで割ってね!」

 二人は上機嫌で、木製カウンターの向こうで、頭巾ずきんを巻いた若い女性に叫び散らした。

「クリルさん……モンモさん……」

「ン……わぁってる。今回のヨイテッツの件で、いちばんヘコんでる奴がいたかぁね。ツブすしか、助ける方法が思いつかラかったのよ」

「わらしは、それに付き合わされたクチらけどね」

「でもあんた、一番ムリしてテンション上げてたじゃん。わざと道化どうけを演じて……もおっ、かぁいいんだからぁ~~」

 そう告げてから、クリルはモンモの首に手をやって、ワシワシと頭をでた。

「触んなハゲー、触んなハゲー」

 モンモは愉快そうに抗議しながら、クリルにされるに任せていた。

 そうやりとりするクリル達のもとに、うしろからやってきた女店主から、二つのカップが置かれてきた。

 暖かい湯気をたゆたわせる、カフェオレだった。

「ちょっと、マスター……頼んだものと違うんだけど」

 モンモがうつろな視線で、横の女店主をにらんだ。

「ゴンゲン親方のことが済んだんなら、あんたらも無理することはないだろ? そっちにしときな」

 店主はオパールのトレーを回しながら、座るクリルをねんごろな口調でいさめた。

「ん……ありがと」

 クリルが慎ましげにうなずくと、カップの取っ手をつまんで、少しだけそれをあおった。

「あー……クリル、それにモンモ……文明崩壊前に言われていたことだが……ヤケ酒では悲しい記憶を消すどころか、固着させると言われていたそうだぞ」

「仮説でしょ? それ。飲みたくなったんだから、仕方ないじゃん」

「モエクっったら、淡々としすぎィ。ヨイテッツとの付き合い、あなたも長かったでしょ」

 クリルとモンモが次々に、タイミングも構わずにしゃべりだす。

「たしかにヨイテッツとも、お前さん達とも同い年だが……なにぶん彼のニュースを聞いたのが小学生以来のことだからね。距離を置いて考えてしまうのは、許してほしい」

「いんや、許さん! お詫びに酒飲みなさい!」

 大仰おおぎょうに首をひねりながら、クリルが強要した。

「……いま、お前さん達には休憩きゅうけいする必要があるが、僕はまだまだ元気なんでね。ファノンのためにも、心構えをしておいてあげたいんだよ。ここにいる僕たちは……ヨイテッツにはできなくなったことができるわけなんだからね」

「うん……そうだね。同感だよ」

 モンモがにわかに、素面しらふのように小さく、つぶやいた。

 その3人の会話を黙って聞いていたメイも、それにはうつむいた。

 ――私たちにしか、できないこと。

 モエクのたしなめで、ようやくメイはいま、指名されながらも忌避きひしていた、町長という肩書きをからめ、何かできないかと、やっと思案を始めたのだった。

 だが、メイのその思案は、まだまだ結果を表すのに、時間が必要だった――

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