94.リッカを追って

 メイは後手うしろでに縛られた手首を、何とか荒縄から抜こうと試みるが、うまくいかない。

 それを繰り返しているうちに、どれぐらい時間が経ったかはわからないが、そのうちに玄関のドアが開いた。

 クリルだった。

「メイ……? ど、どうしたの」

 クリルはどぎまぎしながら、床に縛られてイモムシのようにされているメイの名前を呼んだ。

「クリルさん……ごめんなさい。ごめんなさいっ……」

 メイは脱力したように頬を床につけて、たまらずに涙をこぼしながら、しゃくり上げ始めた。

「メイ……どうしたの、説明して」

 クリルはメイのそばまで来ると、その両腕を留める荒縄の結び目に手をかけて、ほどこうとした。

 だが、それができないぐらい、紐は固く締めてあることに気づいて、クリルはすぐに立ち上がり、廊下の奥に立てかけてあるダイヤモンドの槍を持って、戻ってきた。

「動かないでね……いま、縄を切るから」

 クリルはそうささやくと、メイの両腕のあいだに槍をさしこみ、えぐるようにもちあげ、手足の縄をさっさと切り捨ててしまった。

「んぐっ……クリルさんっ、クリルさんっ!」

 身体が自由になったメイは、耐えきれなくなったように、起き上がるやクリルに抱きついた。

 メイの肌は、低体温症になっているかのように、小刻みに震えていた。

「私、ダメでした……またファノンを守れなかった。ツチグモの時みたいな無茶はさせないって、思ってたのに……」

「どうしたの、メイ。時間はまだある。順番に説明しなさい」

 クリルがメイの耳元でささやくなぐさめは、落ち着けるためだけの気休めだったが、それでもメイに一定の冷静さを取り戻させるには充分だった。

「リッカさんが来て、ファノンを出せって言われて……断ったらこうやって、縛られたんです。その間にファノンは連れて行かれて……」

「二人はどこへ行ったの」

「わかりません……リッカさん、ついてこいとしかファノンに言ってなかったから……」

「なんてこと……!」

 クリルはメイの両肩をつかむと、その身体を引きはがした。

「手分けして探すしかないわ。おそらくこれはリッカの独断。でも自警団長の独断とあったら、自警団員にたよることは無理。エノハにしらせるべきなんだろうけど、間に合いそうにないわね……」

「私は家を出て左側を探します。クリルさんは逆側を……リッカさんの家を探してもらえれば……」

 メイは言いにくそうに付言した。

 メイ自身をあんな目にあわせたリッカが、もしも自宅でファノンを監禁していたとすれば、かならずクリルにも、メイにやったことと同じことを試みるだろうことが、想像できたからだ。

 危険なほうをクリルにまかせるという、うしろめたさ。

 だがリッカに勝てるはずのないメイの実力では、こう提案するのが精一杯だったのである。

 それがわかるクリルは、けっしてメイを責めるような顔色を見せなかった。

「そうするよ、でも、気をつけてねメイ。そっちだって安全じゃないかもしれないんだから」

「はい……クリルさんも」

 そう言葉を交わしてから、二人は同時に、家を飛び出していった。

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