『英雄ノト様
いま、あなたは苦しんでいらっしゃることと存じます。
ですが、それは一時的なものなのです。
あなたこそ間違いなく、世界の救い手。
あともう少し、この苦しみという名の鉱脈を掘り進めば、あなたはその手に、栄誉という名の金塊を発掘することになるでしょう。
自警団長の弟として、もっとも名声と権力と……そして神に近い人物として、あなたは今こそ、元来の求心力を発揮する時なのです。
まずは姉のリッカ様に頼られるといいでしょう。
あの方に、あなたの心からの言葉を用いて、ファノンの暗殺をお願いするのです。
説得が不安? その心配は無用です。
あの方もファノンをここに留めることを、快く思わない方。
あなたがお思いのことを、すでにお姉さまも感じておいでです。あの方が行動しないのは、迷っているだけだからです。
最後の決断を、ほかならぬ、あなたが代わりにして差し上げるのです。
そして姉弟で手を結び、悪の
一つ、
ファノンの同居人クリルが、邪魔をするかもしれない、ということです。
あの者が邪魔をすれば、あなた一人では勝ち目はないでしょう。
あの者にはお姉さまをお当てなさい、きっと何とかしてくれるから。
二人には、ゴドラハンの森あたりで話し合ってもらうのがいいでしょう。
ファノンをそこへ連れ出すための具体策も、ここに記しましょう。
お姉さまにまず、こう告げるのです。『ファノンの力は日に日に強くなり、いつセントデルタを破壊してもおかしくはない』と。
『もう一日の
きっとお姉さまは、実行する最中にもためらうことでしょう。ですから、ファノンの殺害を、誰にもわからない場所で行うよう、助言して差し上げるのです。
お優しいお姉さまは、それでも、ファノンの追放さえ果たせれば、それで良いと考えられるかもしれません。
ですが、それではダメなのです。
ファノンに必要なのは闇への
ですが、あの方は
もしも愛するお姉さまがファノンを殺害した、と人々に知れてしまえば、たちまちセントデルタの不和となるでしょう。
そして、最悪のパターンの想定もしなくてはなりません――そう、ファノンが、お姉さまを逆に殺してしまうパターンです。
あなたが気をつけるべきは、まさにこの二点。
防げるのは、あなただけです。
お姉さまのために、あなたにも行動してもらわなくてはなりません。
他ならぬ、お姉さまのために。
そしてあなたがやるべきことですが……(このあたりの文字は、ちぎれていて読めなかった) 』
30分前。
クリルがこのメモを見つけたのは、リッカとノトの家のドア前でだった。
ガラス棒にインクを塗って書いたような、神経質にとがった文字。
これにクリルは心当たりがあった。
「フォーハードの
クリルは苦々しく、つぶやいた。
「フォーハードのやつ、何かたくらんでる。このメモはわざと置かれたもの。フォーハードが次元の力で、きっとここにワープさせたんだ……あたしがここに来ることを見越して……」
――フォーハードの罠はいつも、相手が罠だとわかっていても、そこに飛び込まざるを得ない構造になっている……。
――あたしとリッカをぶつけて、どうするつもりなの?
――メモは破られてたけど、そっちには、何が書いてあったの?
クリルは、イヤな予感を禁じえなかった。
だが、ファノンに関わることなら、行かないわけにもいかない。
知りながらも、フォーハードの吐き出した
そこまで判明しながらも、行かなくてはならない不安感。
そう、まさにクリルは不安をおぼえていたのである。
だがその不安はあえて考えないようにして、クリルはこうつぶやいた。
「待ってて、ファノン……絶対に、助けてあげるから」
クリルはメモをくしゃりと握りつぶし、ルビー・ガーネット通りに捨てると、さっときびすを返し、森の方へ走り出していった……。
もしも。
――もしもクリルが、ちぎれていない完全な文章を読めていたら……クリルはこれから、血塗られた運命に飲み込まれることはなかっただろう。(そうなると、かわりにファノンが、リッカの槍で喉を切り裂かれて死んでいたが)
このことが、ゴドラハンの森にいる数人の――あるいはこの宇宙の運命を左右に分けたのである。