ダイヤモンド中央広場で、バームクーヘンを4つに切り分けるように試合場をこしらえて、毎年行われるセントデルタ槍試合。
そこで何度かファノンは、クリルとリッカがぶつかり合うのを見たことがある。
その
だが、その勝負は毎年、最後にはリッカの勝利で終わる。
スタミナの尽きたクリルが、リッカの木槍をどこかに受けるのである。
だがファノンは知っている。
クリルは槍を殺しの道具として扱うことにかけては、リッカさえしのぐことを。
いつもクリルが負けるのは、槍試合のルールにのっとり、槍以外を使わないからだ。
だから今、クリルはリッカに向けて、槍だけでなく、脚や肘などの体術を織り交ぜ、急所狙いなども
腰だめから槍が来たと思えば横から裏拳が飛び、リッカがさばいたと思えば蹴りが襲い、それを防げばまた槍が来る。
本領を発揮したクリルの前に、リッカは防戦一方で、後退しながら攻撃をかわすのに精一杯の様子を見せていた。
だが、防ぐばかりでは活路が開けるはずはない。
「うぐっ!」
リッカはもろにクリルの足をみぞおちにもらい、たたらを踏むようにして、大きく下がった。
そのリッカに追い打ちをかけることは容易だったはずだが、クリルはそれをせず、槍を構え直した。
「ねえ、リッカ、教えて。あなたが……人に
「2年前の、ロゴーデンの事件のことを言ってんの?」
リッカは腹をさすりながらも、クリルと同じように槍を下段に構えた。
「あれとこれとは、次元の違う話でしょ。あの時は、あたしが死んだらセントデルタを守る人間がいなくなると思ってた。
でも今回は、ファノンが死なないとセントデルタの未来は消えるのよ。これが非道だってのはわかってる。でも、これ以外に方法がないじゃない」
「それが余計なお世話だってのよ。あなたは予言者じゃあない。それしか方法がないわけじゃあない。あなたにファノンの……未来の何がわかるってのよ」
「クリル……あたしもノエムみたいに殺すの?」
「ノエム……? ああ、聖絶令の出されてた、あいつね」
「ねえクリル……今だから言うんだけど、あたし、あんたのこと、怖いと思う時がたくさんあったよ。
ノエムもそうだし、2年前のラストマンの襲撃のときだって、あたしを袋叩きにしようとしてた人々を、あんたは本気で、まとめて殺そうとしてた。あと少し、アジンが人々の背中に来るのが遅れてれば、あんたがアジンと同じことをしたでしょ……あたし、わかるんだよ」
「……っ」
「何で、同じセントデルタに生きてるのに、あんたはそんなに簡単に切り替えられるの……今だって、あんたは、本気であたしを殺す気だよ。それなのに、攻撃してこないのは、あたしの本音を引き出すために待ってるだけ。
人間は怒ったときにこそ、本音をぶちまけるからね……今あたしが抱いてるこの感情だって、全部、あんたの手のひらの上のできごとみたいな気がしてる。
それが怖くて仕方ないよ、クリル」
「ファノンを殺そうとしてる人間の言うことじゃ、ないでしょ。正当化しようとしないで。自分の悪事から目をそらせるために、他人を悪く言うのは、過去の腐敗政治家や三流企業人と同じだよ」
「ファノンだけを死なせたりはしない。あたしは……あの子を闇に帰したら、あたしも死ぬ気だよ」
「死ぬのは、あなただけだよ」
クリルは、昨日まで親友だった相手に、親友とは思えない言葉を浴びせた。
「平行線になったときの解決策って、もうこれしかないよね」
クリルはさらに腰を低めた。
「残念で仕方ないよ、クリル。あんたのことは今でも好き。それでも、これしか、ないんだね」
リッカは槍の刃のそばまで『握り』をちぢめて片手に持った。
さらに、空いた手でゆっくり、胸元に4本
槍の射程が殺されるこの持ち方は、槍を動かしたときの遠心力による荷重を抑え、片手でも扱えるようにするため。
左手に持つナイフは、クリルからの肉弾戦に対処するためである。
お互いの癖を知り尽くしている両者にとって、槍だけで決定打を与えるのは難しい。
だからこそ、この戦法をリッカが選んだのである。
剣ならともかく、槍でのこの構えは、それほど有利になるわけではない。
だがリッカは、たびたび槍を受け流しながら肉弾戦を仕掛けてくるクリルに対しては、一定の効果を出せると踏んだのだろう。
「暴力とは――権力の別名だと、かつてシグムンド・フロイトが定義してたわ。たしかに暴力なら、どんな誤った意見でも相手に飲ませることができる。いま、その選択をあたしたちが選んでるってことは、恥ずべきことだけど」
「あたしは、あたしの思い描く理想の世界のために……残念だけど、あんたと勝負しなくちゃいけない」
「同感。それじゃ、始めましょ……いや、終わらせましょう」
クリルは告げるや、すぐに相手に向けて走り出した。
リッカも同じだった。
クリルの両腕力を乗せた、重い槍の一撃。
もちろん、それを片手のリッカの槍がいなせるはずがなかった。
リッカは順手に握る槍で、クリルの槍の方向を反らせようとして、その
ただし、同時に、ほとんど無防備になったままリッカに走り込む形となるクリル。
そのクリルの首に、リッカはためらいもなく、アメジストのナイフを振り下ろした。
しかしそのナイフは、クリルが掲げた右手の平に埋まり、血をぶちまけるだけだった。
リッカはこの時点で、おのれの負けをさとっていた。
クリルはすでに、ダイヤモンドの槍を手放し、残った左手で、リッカが胸元の牛皮シースにおさめている投げナイフに手を伸ばしていたのである。
リッカの片腕はクリルの槍の一撃によって封印され、もう片腕も、クリルの手のひらに刺さるナイフのおかげで、次の動作は不可能。
無防備に上体を広げた格好のリッカからナイフをくすねたクリルは、その親友の左目めがけて、思い切りそれを突き刺していった――