99.かの地の裏側

 南米ブラジル、カラジャス山地。

 アマゾンの鬱蒼うっそうとした森林から抜け出るように大陸を縦断するトカンティンス川から、南西に150キロほど離れた場所に、この世界最大の鉄鉱石採掘場がある。

 もちろんそれは、フォーハードが息の根を止めた、旧代の話のことであるが。

 当時からカラジャスの地は、鉄を掘るための木々の乱伐により、その山と周辺の環境破壊は深刻だった。

 この鉱山は天空から見下ろせばあたかも、地球の『かさぶた』のように赤茶色の傷口をさらしていたのである。

 約2億年前から、ほとんど移動していないこの大地は、豊穣ほうじょうなるアマゾンに近しいため、植物の繁殖力は高い……と誤解されがちだが、じっさいは違う。

 慢性的にリンも窒素も不足した土地のため、農地はもちろん、植林も受け付けず、一度伐採に遭えば、ただひたすら砂漠化を始め、もう二度と元には戻らないのだ。

 ゆえに、カラジャスは資本主義の被災地なのだ、と名付ける現地人もいた。

 ただフォーハードも、ここは人間との戦いにおいての要衝ようしょうだということは、早くから認識していた。

 ゆえにフォーハードが蹶起けっきしたのちには、すぐにこのカラジャスの占拠のために、兵を動かしたのである。

 とはいえ、ここの占領は、フォーハードの南極破砕によって、短期に戦争が終結したため、それほどに効果は現れなかったが。

 その上、水爆の日からまもなく起こった【メッセージの日】により、鉄鉱石やアルミニウム、銅などの大半の金属は、すべてダイヤモンドやタンザナイト、パイロープなどの宝石に変わってしまった。

 フォーハードの優位はすぐに無に帰したように見えたが……フォーハードは落胆はしなかった。

 すでに人類のほとんどを駆逐していたから、鉄も燃料も不要になった……というだけではない。

「そもそも地球の核は鉄とニッケルでできている。もちろん、マントルのそばにも鉄は豊富。たしかにカラジャス鉱山は、『あいつ』のおかげで役にもたたない宝石鉱山に生まれ変わった。だが、すでに穴を深く開けているぶん、ここにはまだ利用価値はあった。メッセージの日をしでかしたあいつも、地球の核まで宝石にするわけにはいかなかったのさ」

「ですからわたし共をこの地に残し、採掘を続けさせたのですね。鉄が掘れるまで」

 縞鋼板の中二階デッキから、あたかもバラバラ死体のありさまで、ベルトコンベアを流れるラストマンの部品を見下ろしつつ、フォーハードと、三つ目のカメラアイをそなえたラストマンが語り合っていた。

 目下では、ベルトコンベア脇に立つラストマンが、黙々とコンベアから流れる仲間の部品にネジを巻き、あるいは形を組み立てて、仲間に次の仕事を送っていた。

「狙ったとおりだったろう? お前たちはこの地で、人類の代わりに繁栄を築いている。まるで海底の熱水噴出孔にむ、チューブワームのように」

「チューブワームですか。ほとんどの生命から進化の道を隔絶させることで、生き残りを図った海底ミミズですね。寿命が120年、数メートルにまで成長する種もある海虫。彼らは海底から吹き出す猛毒の硫化水素を吸うことで生きていますが、その環境以外では生きられない、と聞きます」

「本来は酸素も猛毒だ。しかし酸化エネルギーは、俺たちの身体を動かすだけのエネルギーを与えることができる。だからこそ二酸化炭素を吸う植物は動けず、酸素を使う俺たちは動けるんだ。

 お前たちは、二酸化炭素、酸素、硫化水素のどれも使わない、第4番目の生命体ってわけさ」

「とはいえ、わたしたちは水素やヘリウム、酸素を用いて核融合に使っているわけですから、多数の生物の呼吸に近いことはしております。しかし、あなたはわれわれの繁栄も望んでいるわけでもないのでしょう?」

「そうだな……人間を減らすためには、ほかの生物を増やすしかなかったからな」

「あなたは、われわれに魂があると、よく言われていました。それに、われわれ機械こそが、次代の進化生命だと信じ切っておられましたね」

「いまから、最後の進化生命になるところかもしれないがね」

 フォーハードは肩をすくめた。

「はい……」

 旧代のころ、フォーハードはここをラストマンたちに占領させたのち、その鉱山のふもとにラストマンやツチグモを製造する工場を築かせていた。

 その測量も設計も建築も、それらを動かすための動力の調達(つまり、核融合炉)も、すべてがラストマン。

 要するに、ここにある物資だけで、ラストマンやツチグモは産まれ、増え、地に満ちることができたのである。

 生産されたラストマンは、そのつど武器を取り、人間を狩りにでかけることで、みずから生産ラインの障害を取り除いていったのだ。

 フォーハードが人類に勝った最大の原因は、戦争さえ自動化させたからである。

「しかし、人間の反応があると思って来てみれば……あなただったとは」

「もう会わないと思ったか?」

「ええ。我々にはもはや、この大陸に戦う相手がいませんから。なぜこちらへ?」

「超弦の子を見つけたから、き付けていたんだが、ちょっとそいつの力が強くなりすぎてな。どこにいてもバレる水準にまで、あいつの力が強まったから、あの島国から一番遠いこの場所まで逃げてきたのさ。本当は月に逃げても安心できないんだが、しょうがないよな」

 フォーハードは言いながら、パイプ組みの欄干らんかんに両腕を置いて、まるで水晶玉に手をかざす占い師のように、手のひらを広げてみせた。

 すると、その手のひらの間に、あたかも蜃気楼しんきろうのように、何か別の景色が映り始めた。

「マスター、ここで何かなさるおつもりですね。われわれが最後の進化生命になる、と言われたからには、あなたは夢を叶える寸前ということ」

「その通りさ……どうだ? いま俺は、お前たちの繁栄を終わらせることをやろうとしている。止めにくるか?」

「わたしは、仲間や自分のために、あなたを殺してでも止めたいと思考していますが……それはできないようにもプログラムされています」

「良い子だ」

 フォーハードはあまり嬉しそうではなかったが、それでも笑うふりをした。

「少し場所を借りるぞ。ファノンを俺のために働かせるためには、最後にもうひとり、口車に乗せないといけない奴がいるからな――なあラストマン、悪いんだが、メモ用紙を持ってきてくれ」

 フォーハードが語るなか、両手のひらの間に、森の景色が映りはじめた。

「もうすぐ……もうすぐ、俺は願いを叶えられるんだ。静かな闇のあとの世界を。宇宙の終わったあとの世界を」

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