京
「まあ、何とか
「つっても初日だから、ほとんど
「でも、僕は安心しましたよ」
アズマがなぜか胸をなで下ろしていた。
京豆腐屋『みなもとや』では、タクトとアズマは客間に通され、いくつかの質問を受けたが、それはいずれも、
どこの生まれで、父は誰で、母は誰で、なぜ江戸へ来て、棒手振を経験したことはあるか、という物だったが、タクトはそれらにつらつらと答えていったのである。
「あなたの
「まあ、でっちあげだしな」
「え」
「前に、オレの体の匂いだけで、オレがここらの人間じゃない、つまりサムライではないって見抜いてたのに、そのへんはわからないのか。
オレもお前同様、
「えええ……今の
「仕方ないだろ、オレだって、好きでこんな
「胡散臭いって自覚はあるんですね。で……本当のところ、あなたは何者なんですか? 僕にくらいは教えてくださいよ」
アズマはどうせならと、
よくよく思えば、アズマはタクトの事をよく知らない。
どこから来たのか、何者なのか、なぜ世間を歩き回っているのか……。
「オレは未来から来た。別に来たくて来たわけじゃなく、何だか知らないがここにいたんだ」
そこでタクトは、耳にぶら下がるティーバッグに指をさす。
「で、この耳のやつは、未来でよく飲まれている
「ええ、信じてませんよ。そんなこと言うなら、この先、何が起こるか言ってみて下さいよ、ここ一年に起こる出来事でいいですから」
「未来がどう改変されようが関係ない、教えてやるよ……と言いたいんだが、さすがにオレが生まれなくなるかもしれない可能性は産みたくない……つっても今の時点で、オレの
「ホラ、言えないじゃないですか」
「ウソじゃないっての……」
「はいはい未来人、未来人。じゃあ、未来に戻るために
「お前の言う通りだ。でも、オレの未来につなげるための、食いぶちを手にいれたってのは、良いことだと思うだろ?」
「ですね」
「ただなあ……
「……タクトさんなら、何とかなりますよ」
「ここ、労働組合とかないわけ?」
タクトがウダウダと文句を
「おい、お前!」
いきなりアズマ達の横から、
見るとそこには、十人以上におよぶ、ものものしい男たちが立っていた。
その服装はというと、
アズマもまた、その
この目の前の連中は──本物の
男たちの刀の
「途中から聞いていたが……われわれが日本のために血を流しているさなかに、なんと軟弱なことで泣き言を言っておるか!」
一人のヒゲ男がタクトの
「ふぁ……あわわわわ、す、すいませんんんんん」
「すいません、ではない! 我々が命を
「ヒエエエエ……ご
タクトは苦笑いに泣き顔を浮かべながら、
とはいえ、アズマは気付いていた。
タクトの
──この人、絶対に何か考えてるな。
だからアズマは
「
「まあ待て、国重」
顔を真っ赤にするヒゲ男『国重』の肩を、うしろから軽くとどめる人物が現れた。
その男もやはり、あまり
「あ、朝田さん……」
国重はハッとした顔で朝田を見た。
「こんな目立つところで手なんぞ挙げるな。俺達こそ、やらねばならんことがあるだろうが」
「は、はい……」
「お前もお前だ、
「はーい」
タクトは片目をつぶり、かわいく舌をのぞけさせたかと思うと、ものすごい速度でその場を走り出していった。
「タ、タクトさん、待って」
アズマもまた、
そうして必死で走り出したが、
だがタクトはそういうのも振り切るように、ひたすら前だけを向いて
「ま、待ってってば、タクトさん!」
アズマがもう一度呼び止めると、そこでやっとタクトは止まった。
そこは、どことも知れぬ長屋通りだった。
「はあ、はあ……逃げ切りましたね」
「ああ」
「でもタクトさん、何でケンカに応じなかったんですか? ひどい言われようだったじゃないですか」
「あんな町のど真ん中で
なぜだかタクトは不敵に笑った。
(ちなみに与力と同心とは、この時代の警察のようなものだ)
「タクトさん……さっきの話の続きになりますけど、せめて、サムライのふりをする理由だけでも教えてもらえませんか」
「? 刀が持てるから」
タクトのほうは、なぜそんな事をたずねるのかわからない、と言った顔で答えた。
「え? そんな理由で?」
「大した理由だよ。こんな時代に落っことされたら、元いた時代に戻る、なんて期待のしようもない。
だったら、オレの見れなかったこの時代を見て、聞いて、感じて、楽しんで、人生を突っ切るべきじゃないのか?
思い出の作り方って知ってるか? それを作るには、机にかじりついていても、いつもと同じ仕事を繰り返していても、それは永遠に思い出になりはしない。それを横で見ている他人の思い出にはなれるがね……そういうのは、オレに子供なり部下なりができてからで良い。
思い出ってのは、人と何かやってないと、産まれないものなんだ。どんな偉業であっても、1人だけでやり遂げてみても、じつは大した思い出にならないのさ。いちおう記憶には残るけどな。
だからオレは、できるかぎり人のことに首を突っ込んで、思いついたことに全力を
タクトは
「なんてな」
そう言ってタクトは、また走り出した。
今度はとりあえず前に走るのではなく、
「ちょっと、タクトさん、感動しかけてたのに……ちょっと、タクトさーん!」
アズマはまた、走らされることになった。
そんな二人を見つめる視線が、長屋の
その視線の主は、アズマと同じ顔の男──寺山士門。
だがその視線は、すぐさまアズマ達から離され、先ほど往来のほうで出くわしていた、浪士のほうへ注がれた。
「亀井の奴から、CCE七十はえながやにいるというから、
そういうと、士門は朝田たちのほうへ向かって行った……。